脳主幹動脈閉塞疑い患者は血栓回収可能な施設に直接搬送した方がいいか?

脳主幹動脈閉塞に対する血栓回収療法の有効性は先行研究で明らかにされていますが、施行可能な施設は限られます。血栓回収療法は発症後できるだけ早期に施行することが望ましいですが、脳主幹動脈閉塞が疑われる患者を最寄りの一次脳卒中センターではなく血栓回収可能な施設に直接搬送すれば予後は改善するのでしょうか。

Effect of Direct Transportation to Thrombectomy-Capable Center vs Local Stroke Center on Neurological Outcomes in Patients With Suspected Large-Vessel Occlusion Stroke in Nonurban Areas: The RACECAT Randomized Clinical Trial.Pérez de la Ossa N, Abilleira S, Jovin TG, et al; RACECAT Trial Investigators.JAMA. 2022 May 10;327(18):1782-1794. doi: 10.1001/jama.2022.4404.PMID: 35510397

論文の概要

【背景】

 血栓回収療法が施行可能な施設へのアクセスが制限される非都市部で、脳主幹動脈閉塞が疑われる患者の最適な病院前搬送戦略は明らかでない

【目的】

 非都市部において、血栓回収療法が施行可能な施設に直接搬送することは、最寄りの脳卒中センターに搬送するのと比べて有益かを明らかにする

【デザイン、セッティング、対象】

  • デザイン:多施設共同クラスターランダム化試験
  • 被験者登録期間:2017年3月〜2020年6月、最終追跡:2020年9月
  • セッティング:スペイン、カタルーニャ地方
  • 対象:血栓回収療法を施行できない施設が脳卒中センターとなっている地域で救急受診した急性脳主幹動脈閉塞が疑われる患者

【介入】

 血栓回収療法可能な施設への搬送(n=688)、または地域の脳卒中センターへの搬送(n=713)

【評価項目】

  • 主要評価項目:脳梗塞患者(標的集団)の90日時点のmodified Rankin Scale(mRS)
  • 副次評価項目:標的集団のt-PA静脈内投与施行率、血栓回収療法施行率、全無作為化集団(安全性評価集団)の90日死亡率など11項目

【結果】

  • 被験者登録は無益性のため2回目の中間解析後に中止となった
  • 登録された1401例が安全性解析の対象となった
  • 同意を得られた1369例(98%)がランダム化解析の対象となった
    • 男性56%、年齢中央値75 [IQR: 65-83]、National Institutes of Health Stroke Scale [NIHSS] 中央値17 [IQR: 11-21];949例(69%)が脳梗塞患者(標的集団)
  • 血栓回収可能な施設に搬送された群と地域の脳卒中センターに搬送された群で、主要評価項目に差はなかった
    • mRS中央値:3 (IQR: 2-5) vs 3 (IQR: 2-5)、補正オッズ比[OR]: 1.03;95%CI: 0.82-1.29
  • 地域の脳卒中センターに搬送された群の方がtPA静脈内投与施行率が高かった
    • 229/482 [47.5%] vs 282/467 [60.4%];OR: 0.59;95%CI: 0.45-0.76
  • 血栓回収療法可能施設に搬送された群の方が血栓回収療法施行率が高かった
    • 235/482 [48.5%] vs 184/467 [39.4%];OR: 1.46;95%CI: 1.13-1.89
  • 90 日死亡率は、両群間で有意差はなかった
    • 188/688 [27.3%] vs 194/713 [27.2%];補正ハザード比[HR]: 0.97;95%CI: 0.79-1.18

考察・感想

非都市部において、脳主幹動脈閉塞が疑われる患者を地域の脳卒中センターではなく血栓回収療法を行える施設に直接搬送することは、神経学的予後を改善しないという結果でした。

病院前の患者評価について

そもそも病院前で脳主幹動脈閉塞の患者を正しく評価できないとこの研究は成立しません。本研究ではそのための指標として、The Rapid Arterial Occlusion Evaluation(RACE) Scaleが使用されました。RACE Scale 5-9 点が組み入れ基準とされ、組み入れられた患者の67.2%が脳梗塞、22.9%が脳出血、2.1%がTIAでした。そして、血管画像評価を行なわれた患者の72.6%が脳主幹動脈閉塞でした。RACE scaleは高い精度で脳主幹動脈閉塞患者を同定できる優れた指標であると評価できます。

先行研究との比較

主な先行研究として、脳梗塞患者の病院前搬送戦略に関する以下の非ランダム化試験があります。1)2)これらの研究では、血栓回収療法が施行できない一次脳卒中センターではなく、血栓回収療法が施行可能な施設に直接搬送する方が予後が良いという結果でした。病院間搬送に伴うタイムロスにより有効な血管内治療の開始に遅れが生じることのデメリットを示すものでした。
1)Froehler  MT, et al. Circulation. 2017;136(24):2311-2321. 
2)Venema  E, et al. Stroke. 2019;50(4):923-930.

今回取り上げた研究ではこれらの先行研究とは逆の結果となりました。先行研究では血栓回収療法を受けた患者のみを対象としていた一方、本研究では最終的に血栓回収療法を受けなかった患者も含まれます。その他、デザイン・セッティング・対象に多くの違いがあるので単純な比較は難しいです。著者らの考察では、施設間のスムーズな情報共有により、病院間搬送に伴うタイムロスが比較的少なかったことが、両群間で差がつかなかった要因としてあげられていました。

脳梗塞患者の最適な搬送戦略について

最適な病院前搬送戦略は、地域の医療資源などの’local factors’によって規定されるもので、あらゆる条件で一律に適用できるアプローチはないというのが著者らの結論です。全くその通りだと思います。日本でも血栓回収可能な医療機関は限られており、急性期脳梗塞患者に迅速に必要な治療を行うための戦略は、特に地方では重要な課題だと思います。非専門医である我々にとっても、患者の病状の評価・治療方針の決定をいかにスムーズにするか、door-in, door-out timeをいかに短くするか、どのように施設間の情報共有・連携を行うかなど、取り組むべき課題は多く残されていると感じました。

Next Step

脳梗塞患者の搬送戦略については、医師一人の診療能力の問題ではなく、関係職種・関係医療機関の協働でしか前進させられない課題です。救急外来でのフローの作成やスタッフの教育など、できるところから始めていければと思います。

参考文献

「高齢者診療スピードアップ塾」というコーナーに、‘「転院」は15分で終わらせろ!’という回があります。脳梗塞に限らず、スピードが求められる転院搬送の場面で注意すべき点が救急医目線で書かれています。救急の現場での自分の心構えを正す良い機会になりました。

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