学会誌勉強ノート 〜日病総診誌2022:18(1)〜

専門医としての臨床・学術活動の参考にするため、所属学会の学会誌も定期的にまとめていこうと思います。


目次

日本病院総合診療医学会雑誌 2022年第18巻1号

原著:新型コロナウイルス抗原定量検査の有用性

新型コロナウイルス感染症抗原定量検査による疑似症患者対応の有用性

島田恵, 荒川聡, 宮川滝彦, 他. 日病総診誌 2022:18(1):1-7.

概要

  • COVID-19の検査体制による疑似症患者の入院状況を調査
  • 検査の中心はPCR検査→抗原定性検査→LAMP法→抗原定量と変化した
  • 抗原定量検査の運用を開始後、疑似症患者数が減少した
  • 抗原定量検査は高い診断精度、検査結果の迅速性、短時間に多くの検体を扱えること、ウイルス量をある程度推定できるという点で有用性が高い

考察・感想

抗原定量検査導入後に検査数は増加している一方、疑似症入院が減少していることが一目瞭然で、抗原定量検査の有用性が明確に示された報告でした。調査期間中、一例も院内感染を発生させることなく運用されたのも意義深いと思います。偽陰性症例への対応、遺伝子検査の位置づけについても検討されており、大変勉強になりました。新型コロナウイルスの検査体制は、施設の規模や機能、感染流行状況等で異なります。一定規模以上の病院では、抗原定量を中心とした運用をしている病院が多いのではないでしょうか。疑似症患者は感染者と同等の対応を要し、人員、時間、感染病床など多くのリソースを割くので、疑似症患者を減らせるというのは大きなメリットです。発熱外来、救急外来を担当する立場としても、高い精度で迅速に結果が得られる抗原定量検査が行えるようになってから、検査・治療の方針決定、感染対策、病床管理が行いやすくなったと実感しています。


症例報告:メサラジンによる薬剤誘発性血管炎

メサラジンによる薬剤誘発性血管炎の合併が疑われた潰瘍性大腸炎の1例

栗原夕子, 高松正視, 安西秀美, 他. 日病総診誌 2022:18(1):8-15.

概要

  • メサラジン内服で寛解維持していた潰瘍性大腸炎の患者に発熱と圧痛を伴う紅斑が出現
  • 病理組織でフィブリノイド変性を伴う血管炎の所見、PR3-ANCA陽性→ANCA関連血管炎と診断
  • ステロイドパルス、シクロホスファミドパルスを施行したが改善を得られなかった
  • 薬剤誘発性血管炎を疑い、メサラジンを中止したところ解熱と紅斑の消褪を得られた

考察・感想

潰瘍性大腸炎患者が血管炎を発症し、免疫抑制療法に反応が乏しいことから薬剤誘発性血管炎が疑われ、被疑薬のメサラジンを中止することで改善を得られた症例の報告でした。報告の少ない薬剤誘発性血管炎の臨床経過、診断、治療について詳細に記載されており、大変勉強になりました。潰瘍性大腸炎の患者が発熱、紅斑で受診された場合、原疾患の増悪や感染で片付けてしまいがちだと思います。非典型的な経過から他の病態の関与を疑い、血管炎と診断し、薬剤誘発性という原因特定に至り、遅延なく適切な治療につなげられていたのが素晴らしいです。皮膚生検、ANCA提出、CT検査(下肢を含む)など、適切なタイミングで診断につながる重要な検査を行なっていたこと、早期から本疾患を想起し疑ったことがポイントだったと思います。血管炎についてはChapel Hill Consensus Conferenceの分類を用いますが、今回最新版を見直して以前と変わっている部分を再確認することができました。薬剤誘発性血管炎は長期に内服している薬剤で発症することも珍しくなく、この疾患を知っていないと診断は難しいと思われます。原因薬剤として抗菌薬、抗甲状腺薬、TNF阻害薬などが知られているようですが、100種類以上の薬剤で報告があるとのことです。免疫抑制療法に反応不良の血管炎の鑑別として、覚えておきたい疾患です。


症例報告:バルサルバ洞動脈瘤破裂

難治性の重症心不全で、バルサルバ洞動脈瘤破裂と診断された1例

林裕作.日病総診誌 2022:18(1):15-19.

概要

  • 80代男性が心不全で入院
  • クリニカルシナリオ1として治療を行うが難治性の経過
  • 心エコー、心臓カテーテル検査からバルサルバ洞動脈瘤破裂と診断
  • 瘤切除・パッチ閉鎖術が施行され軽快退院

考察・感想

高齢者の心不全増悪はプライマリ・ケアでよく遭遇しますが、丁寧に原因検索を行うことの重要性に気付かされる報告でした。バルサルバ洞動脈瘤は稀な疾患ですが、本症例は動脈硬化などの後天的な原因が考えられるとのことでした。大動脈基部短軸で描出されるシャント血流のエコー画像が掲載されていましたが、非専門医がベッドサイドで心エコーをあてて自力で診断するのは難しいように感じました。新規に出現した前胸部に伝播する強大な連続性雑音は、本疾患を疑う契機となりうるかもしれません。80代ながら開胸手術を行い1ヶ月以内に独歩退院されたというのは驚きでした。治療可能かどうかは症例によると思いますが、高齢であっても診断をつける意義はあり、覚えておいてよい疾患だと思いました。


症例報告:SMVに穿破した感染性WON

感染性walled-off necrosisの上腸間膜静脈内への穿破に対し、保存的治療で救命しえた1例

上西陽介, 上野真行, 辻喜久, 他. 日病総診誌 2022:18(1):20-27.

概要

  • アルコール性慢性膵炎、walled-off necrosis(WON)の既往がある患者
  • 発熱、腹痛、尿量減少を主訴に受診
  • 入院当初は軽症だったが、その後重症急性膵炎の基準を満たし高次病院へ搬送
  • 敗血症性ショック、播種性血管内凝固を伴った
  • CTから感染性WONの上腸間膜静脈穿破と診断
  • ドレナージ、ネクロセクトミーは実施困難
  • 抗菌薬2剤併用療法、抗凝固療法による保存的治療で良好な転機を得られた

考察・感想

ICUでの呼吸・循環管理、感染性心内膜炎に準じた長期の抗菌薬投与により、上腸間膜静脈穿破を伴う感染性WONを救命できたという報告でした。WONの血管への交通を疑う画像所見(血管拡張や周囲脂肪織濃度上昇)や、感染性心内膜炎に準じた抗菌薬治療を行った根拠(化膿性血栓性静脈炎が疑われた)についての考察が勉強になりました。より早期に病状を把握できていれば全身状態悪化前にドレナージ等の侵襲的治療を行うことができた可能性があり、重症度評価の反復と円滑な医療連携が重要であると説かれていました。


症例報告:メポリズマブが著効した好酸球増多症候群

気管支喘息を伴う好酸球増多症候群にメポリズマブが著効した1例

飯田浩之, 木戸礼乃, 石川彩夏, 他. 日病総診誌 2022:18(1):28-35.

概要

  • 4年前に気管支喘息を発症した患者
  • 経過中に末梢血好酸球増多、気管支肺胞洗浄液中の好酸球増多を認めた
  • 病理組織で副鼻腔、皮膚、消化管に好酸球浸潤を認めた
  • 特発性好酸球増多症候群(hypereosinophilic syndrome:HES)と診断
  • 全身ステロイド治療で一時改善したが、減量に伴い再燃
  • 抗IL-5抗体製剤のメポリズマブを投与し、喘息とHESは改善した

考察・感想

投稿時点では抗IL-5抗体製剤のメポリズマブは気管支喘息と好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(eosinophilic granulomatosis with polyangitis:EGPA)のみに適応がありますが、気管支喘息に対して投与を行ったところHESに対しても有効であったという報告でした。アメリカではidiopathic HESに対してメポリズマブによる治療が承認されていますが、今回投与されたのはアメリカで承認されている投与量(300mg/4週)よりも低用量(100mg/4週)でした。抗IL-5製剤が、気管支喘息やEGPAのみでなく、HESの病態改善やステロイド減量にも寄与する可能性が示唆されました。EGPAの除外、primary HES, secondary HES, idiopathic HESの鑑別と診断の過程についても詳細に記載され、勉強になりました。


症例報告:脾梗塞を合併したCMV伝染性単核球症

サイトメガロウイルス感染症による伝染性単核球症に脾梗塞を合併した健常成人例

高島明美, 長谷川修, 佐野正彦, 他. 日病総診誌 2022:18(1):36-41.

概要

  • 不明熱精査目的で入院しサイトメガロウイルス(CMV)による伝染性単核球症と診断
  • 無症状の脾梗塞を認め、経過観察で1ヶ月後に改善した

考察・感想

CMVによる伝染性単核球症は、不明熱の診療の中でしばしば遭遇する疾患ですが、脾梗塞は経験したことがありませんでした。本症例は無症状でしたが、腹痛を呈し、抗凝固療法や脾摘を要した症例の報告もあるとのことでした。伝染性単核球症は基本的に経過観察で軽快しますが、腹痛を呈する場合は造影CTやD-dimer測定を検討してもよいかもしれません。


症例報告:椎骨動脈解離

局所神経脱落症状を伴わないめまいで発症した椎骨動脈解離による小脳梗塞の1例

宮川亮, 金澤綾子, 矢野あゆみ, 他. 日病総診誌 2022:18(1):42-47

概要

  • 既往のない40代女性、5日前から持続する右後頸部痛とふらつきを自覚
  • 排便後の起立時に意識消失し、めまいによる体動困難で救急搬送
  • 傾眠傾向あり、他の神経脱落所見なし、頭部CT検査で異常所見なし
  • 頭部MRI検査で小脳梗塞、右椎骨動脈解離の所見あり
  • 入院2日目、進行性の意識レベル低下と右上下肢失調症状が出現
  • 小脳浮腫の増悪、脳幹圧迫所見あり後頭蓋窩減圧開頭術施行
  • ICU管理を経て意識レベルは改善、嚥下障害と体感失調は残存した

考察・感想

めまいは救急外来で頻度の高い主訴ですが、中枢性めまいの可能性を常に念頭におくことの重要性を改めて認識させられる報告でした。本症例は基礎疾患もなく、当初は神経学的所見も乏しかったため、このタイミングで頭部MRI検査を行うかは判断の分かれるところだと思います。入院翌日に脳ヘルニア徴候を呈して緊急開頭減圧を要しており、診断の遅れが致命的になった症例でした。傾眠傾向と持続する後頸部痛から椎骨動脈解離を想起できたのが明暗を分けるポイントでした。眼振の性状、蝸牛症状の有無、神経脱落症状の有無など中枢性めまいの様々な鑑別法がありますが、「後頸部痛の有無」も見落としてはいけない重要なポイントであることを改めて学びました。


症例報告:口唇梅毒

難治性口唇炎と頸部リンパ節腫脹を契機に梅毒と診断した1例

妹尾和憲, 池田晃太郎, 佐藤只空, 他. 日病総診誌 2022:18(1):48-52.

概要

  • 特に既往のない30代女性が上口唇腫脹と頸部リンパ節腫脹で受診
  • 生活歴より口唇梅毒を疑い、RPR高値から活動性梅毒と診断した
  • 抗菌薬治療により速やかに症状は改善した

考察・感想

口唇炎から梅毒を想起するのはなかなか難しいと思います。実際、本症例も前医では口唇ヘルペスとして治療を行われていました。掲載されていた上口唇所見の写真は他疾患ではあまり見ない性状(比較的大きい境界不明瞭な褐色丘疹)だったので、これを覚えていれば本疾患を疑う一つのきっかけになるかもしれませんが、やはり一番重要なのは性感染症のリスク行動を病歴聴取から得ることだと思います。梅毒は日本でも近年患者数が急増していますし、性行動の多様化から陰部外症状で一般外来を受診することも考えられるので、診断についてしっかり学んでおくべき疾患だと思いました。


症例報告:伝染性単核球症を伴ったバセドウ病

伝染性単核球症を伴ったバセドウ病の2例

中村重徳, 石森正敏. 日病総診誌 2022:18(1):53-57.

概要

  • 症例1、2とも20代女性、甲状腺ホルモン過剰に伴う症状と発熱を訴え受診
  • 甲状腺肥大と両側顎下腺と両側頸静脈外側にリンパ節腫脹を認めた
  • TSH低値、TRAb陽性、TSAb陽性よりバセドウ病と診断
  • EBV抗EAIgG陽性、EBV抗VCAIgM陽性、EBV抗EBNAIgG陰性よりEBVによる伝染性単核球症と診断
  • バセドウ病の発症にEBV感染が関与している可能性が考えられた

考察・感想

EBV感染は多くの自己免疫疾患(関節リウマチ、多発性硬化症、全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群、自己免疫性肝炎など)発症との関連が示唆されているということです。バセドウ病についてもEBV感染後又は同時に発症した症例が報告されており、本文で過去の報告例についても考察されていました。症例2は甲状腺機能亢進症状が発熱の1ヶ月以上前に先行しており、バセドウ病患者にたまたま伝染性単核球症を合併したようにも見える経過でした。EBV感染とバセドウ病発症の因果関係を示すにはまだ検討の余地があるように思えました。バセドウ病と伝染性単核球症の合併では、その症状(発熱、咽頭痛)から亜急性甲状腺炎との鑑別も必要になると思われます。また、抗甲状腺薬の開始後であれば薬剤の副作用(無顆粒球症など)も鑑別に上がるため、注意を要すると考えます。


症例報告:傍乳頭十二指腸憩室炎

憩室内の洗浄による腸石排出が奏功した傍乳頭十二指腸憩室炎の1例

中西嘉憲, 山口治隆, 大倉佳宏, 他. 日病総診誌 2022:18(1):58-63.

概要

  • 70代女性が右季肋部痛を主訴に受診
  • 血液検査で炎症反応高値、造影CT検査で十二指腸憩室壁の浮腫状変化を認め十二指腸憩室炎と診断
  • 憩室内洗浄にて腸石を排出し、その後は抗菌薬投与で保存的に改善した

考察・感想

傍乳頭憩室炎の診断と治療の過程が、CT、内視鏡、憩室内造影など多くの画像と共に示されていました。腸石が排出されドレナージが効いている様子が写真から伝わり、見ていて気持ちの良い報告でした。傍乳頭憩室は上部内視鏡検査で比較的よく目にする頻度の高いものですが、開口部が大きいことが多いため憩室炎となる頻度は結腸憩室よりも低いとされます。診断の遅れから憩室の穿孔や狭窄を来すと外科的治療を要するため注意が必要です。合併症のリスクがあるため、内視鏡的処置にあたっては消化器外科、放射線科の十分なバックアップが重要であると言及されていました。炎症に伴う粘膜浮腫で開口部が狭くなっている場合などは、洗浄に伴って内圧が上がり過ぎる可能性に注意が必要そうです。本症例はその点にも配慮して、開口部が十分大きいことを確認して憩室内洗浄を行っていました。

コメント

コメントする

目次