マスクは新型コロナウイルス感染予防に有効か?

2023年1月末現在、新型コロナウイルス感染症の5類への引き下げの議論と同時に、マスク着用要請の緩和についての検討が行われています。
諸外国でマスク着用が緩和されていく中、日本では公共の場でのマスク着用が現在も徹底されています。それにもかかわらず、オミクロン株の流行下で多くの感染者が出ており、マスクの効果を疑問視する声も聞かれます。
今回はいち早くマスク政策の緩和を行ったアメリカで、新型コロナウイルス感染予防におけるマスク着用要請の効果を検討した論文を取り上げます。

Lifting Universal Masking in Schools – Covid-19 Incidence among Students and Staff. Cowger TL, Murray EJ, Clarke J, et al.N Engl J Med. 2022 Nov 24;387(21):1935-1946. doi: 10.1056/NEJMoa2211029. Epub 2022 Nov 9.PMID: 36351262

論文の概要

[背景]

  • 2022年2月、マサチューセッツ州で公立学校に対するマスク着用要請が解除された
  • ボストン大都市圏ではボストン地区とチェルシー地区の2学区のみが2022年6月までマスク着用要請を継続した
  • これにより学校におけるマスク着用要請のCovid-19予防効果を検討する機会が得られた

[方法]

  • マスク着用要請を解除した地区と継続した地区の間で生徒と職員のCovid-19罹患率を比較した
  • 差分の差分分析(difference-in-differences analysis)を用いて解析した
  • ボストン大都市圏の学区において、2021〜2022年の学年度で比較した
  • 学区の特徴の比較も行った

[結果]

  • マスク着用要請解除前のCovid-19罹患率は全学区間で同程度だった
  • マスク着用要請を解除した学区では、マスク着用要請を継続した学区と比べてCovid-19罹患が15週で生徒・職員1000人あたり44.9例多かった
    • 95%CI: 32.6-57.1
  • マスク着用要請解除による罹患者の推定増加数は11,901例、全学区の罹患者の29.4%に相当した
  • マスク着用要請を継続した学区の校舎は、解除した学区と比較して校舎が古く、環境・設備が悪く、1学級あたりの生徒数が多い傾向にあった
  • マスク着用要請を継続した学区は、低所得世帯の生徒、障害を持つ生徒、英語学習中の生徒、黒人・ラテン系の生徒・職員の率が高かった

考察・感想

結果のまとめ

マスク着用要請を解除した学区では、継続した学区よりも新型コロナウイルスに感染した生徒・職員が有意に多かったという結果でした。ユニバーサルマスキングが新型コロナウイルス感染予防に有用であることを示す結果となりました。また、マスク着用要請解除による感染者の1000人あたり増加数は、生徒が39.9人、職員が81.7人であり、職員の方がマスクによる感染予防効果がより高いことがわかります。

新型コロナウイルスの子どもへの影響

2022年2月当時のアメリカでは、小児・青年の新型コロナウイルス感染が全世代の中で最多でした。子どもが新型コロナウイルスに感染した場合、多くの場合は軽症で自然軽快しますが、重症化や後遺症のリスクがないわけではありません。アメリカでは2022年9月までに265,000人の子どもが新型コロナウイルスによって親や保護者を亡くしたとされています。新型コロナウイルスパンデミックは、職員の不足や学級閉鎖などにより学校生活に悪影響を及ぼし、もともとあった教育格差をさらに拡大させたとされています。
以前、子どもがマスクをしていると頭痛がするから、マスクを外して登校できるよう学校に提出する診断書を書いて欲しいと頼まれたことがあります。子どもに限らず、マスク着用に伴って片頭痛が悪化したり、新規に頭痛を発症する例が報告されています。1)二酸化炭素の再呼吸による血管拡張などの機序が想定されているようです。マスク着用によって明らかな有害事象が生じる場合は、個別に柔軟な対応が必要だと思います。

1)Padua L, et al.J Pers Med. 2022 Sep 1;12(9):1443.

マスク着用要請に対する批判

子どもは新型コロナウイルスに感染しても軽症で済むことが多く、マスク着用のメリットよりもデメリットが大きいという批判があります。マスクは教育・学習・社会性の発達を阻害するという意見がありますが、著者らはそれを示すエビデンスは現時点では認められないとしています。発達への影響は短期間で容易に結論づけられるものではないので、引き続き注意深く検討を要するものだと思います。
生徒の健全な成長発達にマスクが悪影響を及ぼす可能性については検討の余地がありますが、仮にそれがあるとしても、政策としてのマスク着用要請の是非については、マスク着用によるメリットとの比較で論じる必要があります。
休校や学級閉鎖、対面授業の中止、生徒やその家族の感染リスク、子どもや自身の感染による保護者の休職に伴う経済的損失など、マスク着用により軽減できるリスクは小さくありません。

マスクに関するCDCの推奨

「今だにマスクをしているのは日本人だけ」というような声も聞かれますが、アメリカでマスクの効果がないとされているとか、マスク着用が推奨されていないということはありません。CDC(Centers for Disease Control and Prevention;アメリカ疾病予防管理センター)は、マスクには新型コロナウイルス感染拡大を抑制する効果があることを認めていますし、状況に応じてマスクの着用を現在でも推奨しています(Use and Care of Masks, CDC)。公共交通機関におけるマスク着用義務は違法であるという判決がフロリダ州連邦地裁で出され、CDCの要請に基づいて政府が控訴するという一悶着はありましたが。

今後のマスク政策について

昨今のニュースを見ていると、新型コロナウイルス感染症の5類への引き下げもマスク着用要請の緩和も既定路線だと思います。屋外のような感染予防効果が乏しい場面でのマスク着用など、日本では行き過ぎた部分が確かにあったと思います。一方で、経済の停滞や自粛疲れの元凶があたかもマスクであるような一部の論調には違和感を感じます。重症化リスクが小さいことがわかっている小児や若年者へのマスク要請を緩和する動きがあるのは理解できますが、マスクに感染予防効果がないかのような誤解が広がらないかは心配です。マスクの効果を正しく理解した上で、地域の流行状況等に応じて柔軟な運用がなされるべきだと考えます。

Next Step

新型コロナウイルスについての政策は、‘緩和’に向けた動きを加速させているように感じます。現場での感染者への対応もこれから大きく変わっていくと思うので、自分の診療する地域でしっかりと役割を果たしていけるよう、スタッフと協力して施行錯誤していこうと思います。

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