騒音環境に長年住むと認知症リスクが高まるか?

騒音への暴露は様々な疾患の発症リスクを高めると言われています。道路や鉄道に面した騒音環境に長年住むことは認知症の発症と関連があるのでしょうか。

Residential exposure to transportation noise in Denmark and incidence of dementia: national cohort study.Cantuaria ML, Waldorff FB, Wermuth L, et al.BMJ. 2021 Sep 8;374:n1954. doi: 10.1136/bmj.n1954.PMID: 34497091 

論文の概要

【目的】

 道路・鉄道の騒音への長期間暴露と認知症発症リスクとの関連を検討する

【セッティング/デザイン】

 デンマーク全国レジストリに基づく前向きコホート研究

【対象】

 2004年1月1日から2017年12月31日の間にデンマークに居住していた60歳以上の成人1,938,994名

【主要評価項目】

 国立病院あるいは処方箋レジストリで同定された認知症の発症

【結果】

  • 103,500例が認知症を発症し、そのうち31,219例がアルツハイマー型認知症、8,664例が血管性認知症、2,192例がパーキンソン病関連認知症と診断された
  • 平均10年間の道路・鉄道の騒音への暴露の最大値(Ldenmax)と最小値(Ldenmin)が認知症発症リスクと関連があった
  • 騒音への暴露が大きいほど認知症の発症リスクが高い傾向があったが、より大きな騒音レベルでは横ばいあるいは軽度のリスク低下もみられた
  • 道路騒音と鉄道騒音はいずれもアルツハイマー型認知症発症リスクと関連していた
    • 道路Ldenmax ≧65dB vs <45dB [HR]:1.16(95%CI:1.11-1.22)
    • 道路Ldenmin ≧55dB vs <45dB [HR]:1.27(95%CI:1.22-1.34)
    • 鉄道Ldenmax ≧60dB vs <40dB [HR]:1.16(95%CI:1.10-1.23)
    • 鉄道Ldenmin ≧50dB vs <40dB [HR]:1.24(95%CI:1.17-1.30)
  • 血管認知症の発症リスクは道路騒音と関連があったが、鉄道騒音との関連はなかった

考察・感想

住環境における交通騒音への長期暴露は認知症の発症リスクを高めるという結果でした。

人口の高齢化とともに認知症患者は増加の一途を辿っており、認知症の発症に関する環境因子への関心がますます高まっています。その中で交通騒音は、大気汚染に次ぐ公衆衛生上の環境リスク因子とされています。疫学研究では、交通騒音と冠動脈疾患、肥満、糖尿病など様々な疾患との関連が指摘されてきました。

騒音が認知機能に与える影響について、様々な機序が想定されています。騒音は自律神経系や内分泌系に影響し、ストレスホルモンを分泌させると言われています。また、夜間の騒音は睡眠障害の原因にもなります。夜間の交通騒音が内皮障害、酸化ストレスの増加、免疫システムの修飾、全身性炎症の増加と関連することが実験研究で示されており、認知症の早期発症に関わると考えられています。

しかし2020年のシステマティックレビューでは、この領域のエビデンスの質は低いと結論づけられていました。交通騒音と認知症の発症の関連を示す質の高い疫学研究が求められていた中で、この研究が行なわれました。

本研究の強みは調査対象が多いこと、追跡期間が長いこと、騒音の評価の質が高いこと、国の統計資料に基づいて個人の社会背景について多くの情報(家族構成、職業、収入、学歴など)が得られていることが挙げられます。一方、認知症に関連があるとされる生活習慣(食事、喫煙、飲酒、運動など)についての情報や、住宅の防音設備についての情報、道路・鉄道以外の騒音(空港、建設現場等)についての情報が得られていないことがlimitationとして挙げらていました。認知症の診断(特にそのサブタイプ)についての一定の不正確さも否定できないとされています。

先行研究が郵便番号等で居住地の騒音レベルを分類しているのに対し、本研究では個々の正確な住所、戸建か集合住宅か、何階に住んでいるかまで詳細な居住環境を評価しています。居住地の大気汚染の状況についても同時に検討されており、騒音が大気汚染と独立したリスク因子であることを示しています。

騒音が睡眠の質を下げることが認知症と関連する可能性が考えられており、最も騒音の小さい位置に寝室があることを想定して、本研究では騒音レベルが最大の場所と最低の場所の両方を測定しています。騒音の最大値よりも最低値が高い方がハザード比が高い傾向があったのは注目すべき点であると強調されていました。

環境医学分野の研究は、暴露とアウトカムの間の時間が長く、交絡因子も多いので、因果関係を示すのが非常に難しいと感じます。研究計画の綿密さ、費やされた膨大な時間と労力にただただ圧倒される論文でした。騒音は認知症に関わる数ある因子の一つに過ぎないとは思いますが、長年住む環境というのはやはり慎重に考えるべきだなと改めて思いました。

Next Step

患者が住む場所で暴露される騒音レベルに対して医者として介入するのはなかなか難しいですが、この研究で示唆された「睡眠の質」と認知症の関連については、より深めていく価値があるように感じました。関連する研究について、もう少し勉強していけたらと思います。

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