PM2.5濃度と死亡率の関係は?

微小粒子状物質(PM2.5)濃度が高い地域では死亡率が有意に高いと言われています。では、PM 2.5濃度の高い地域から低い地域に移住すれば、その後の死亡率は低下するのでしょうか。

Changes in exposure to ambient fine particulate matter after relocating and long term survival in Canada: quasi-experimental study.Chen H, Kaufman JS, Olaniyan T, Pinault L, Tjepkema M, Chen L, van Donkelaar A, Martin RV, Hystad P, Chen C, Kirby-McGregor M, Bai L, Burnett RT, Benmarhnia T.BMJ. 2021 Oct 8;375:n2368. doi: 10.1136/bmj.n2368.PMID: 34625469

論文の概要

【目的】

 長期のPM2.5暴露環境からの移住と早期死亡の関連を検討する

【デザイン】

 準実験的集団研究

【対象】

  • 1996年、2001年、2006年のカナダの国勢調査に回答した25-89歳の663,100例
  • 国勢調査までに5年以上PM2.5濃度の高い地域または低い地域に居住し、国勢調査後の5年以内に移住した人

【介入】

 居住地の変化によるPM2.5への長期的暴露量の変化

【アウトカム】

  • 主要評価項目:全ての内因死
  • 副次評価項目:心血管代謝性疾患、呼吸器疾患、がんによる死亡

【結果】

  • 傾向スコアマッチで社会背景、健康、環境等の多くの共変量を調整し、異なるPM2.5濃度レベルの地域に移住した人と同じPM2.5濃度レベルの地域に移住した人をマッチさせた
  • 異なるPM2.5濃度レベル間の移住により、PM2.5暴露は以下のように変化した
    • 高→中:10.6μg/m3→7.4μg/m3
    • 高→低:10.6μg/m3→5.0μg/m3
    • 低→中:4.6μg/m3→6.7μg/m3
    • 低→高:4.6μg/m3→9.2μg/m3
  • PM2.5濃度の高い地域から低い地域に移住した人は、同じPM2.5濃度レベル内で移住した人よりも5年後の死亡率が低かった
    • 高→中:死亡率の差-6.8%(95%CI:-1.7~-11.7%)
    • 高→低:死亡率の差-12.8%(95%CI:-23.0~-1.3%)
  • PM2.5濃度の低い地域から高い地域に移住した人は、同じPM2.5濃度レベル内で移住した人よりも5年後の死亡率が高かった
    • 低→中:死亡率の差1.8% (95%CI:−4.1%~6.9%)
    • 低→高:死亡率の差13.2% (95%CI:−1.5%~30.2%)
  • PM2.5への暴露量の減少と最も強い関連があったのは、心血管代謝疾患による死亡の減少だった。
  • PM2.5への暴露量の増加と最も強い関連があったのは、呼吸器疾患による死亡の増加だった。
  • PM2.5への暴露量の変化とがんの死亡率との間には強い相関はなかった。

考察・感想

PM2.5の濃度の高い地域から低い地域への移住は死亡のリスクを低下させるという結果でした。既に先行研究でPM2.5の健康への悪影響が明らかにされており1)、PM2.5への暴露を原因とする死亡は世界で年間400万人にものぼるとされているようです。正直この論文を読むまでPM2.5が人体にこれほど有害であるとは認識していませんでした。

1)Liu C, et al. N Engl J Med. 2019;381:705-715.

PM2.5への暴露が有害であることを示す観察研究はありますが、PM2.5への暴露を低下させることが予後を改善することを示す研究はほとんどありませんでした。暴露するPM2.5濃度を無作為に割り付けることは当然不可能なので、傾向スコアマッチを用いた準実験的研究が行われました。本研究は国勢調査等に基づいて非常に多くの患者情報が得られ、共変量として組み込まれています。ただし、傾向スコアマッチという研究の性質上、測定されない交絡因子の影響を調整できないという限界はあります。


カナダという比較的PM2.5の濃度の低い国でこのような関連を指摘できたというのも興味深いポイントです。この研究PM2.5濃度が高いとされた群で10μg/m3程度ですが、日本では都市部はおろか、非都市部でさえ多くがこの水準を上回っています。日本の環境基本法で定められたPM2.5の環境基準は「1年平均値 15μg/m3以下 かつ 1日平均値 35μg/m3以下」なので、カナダと比較すれば日本もまだまだ大気汚染を改善する余地があるということですね。大気汚染防止法に基づき、地方自治体によって全国のPM2.5が常時監視されており、誰でも環境省のサイトなどから確認できます。ご自身の住む地域がどの程度のPM2.5レベルなのか確かめてみてはどうでしょう。

Next Step

長い年月をかけて少しずつ健康に影響を与えるものとして、食事や運動などの「生活習慣」は我々にとっても馴染みが深く、日々の診療で重要な介入のポイントと位置付けています。一方で、それと同じような性格を持つ大気汚染については知識が不足しがちであることを今回改めて自覚しました。地域や人を丸ごと診る総合診療医は、環境医学、産業医学に関わるこのようなテーマにも関心を持つべきだと思いました。関連する研究について今後も引き続き勉強していきたいです。

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