ニルマトレルビル/リトナビルは新型コロナウイルス感染症による入院・死亡を減らせるか?

前回の記事でCOVID-19の経口薬であるモルヌピラビル(ラゲブリオ®︎)を取り上げました。2022年8月現在、COVID-19に対して使用できるもう一つの経口抗ウイルス薬が、ニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド®︎)です。今回は、日本でニルマトレルビル/リトナビルが特例承認される根拠となったEPIC-HR試験を取り上げます。モルヌピラビルとの違いや使い分けについても触れたいと思います。

Oral Nirmatrelvir for High-Risk, Nonhospitalized Adults with Covid-19.Hammond J, Leister-Tebbe H, Gardner A, et al. ; EPIC-HR Investigators.N Engl J Med. 2022 Apr 14;386(15):1397-1408. doi: 10.1056/NEJMoa2118542. Epub 2022 Feb 16.PMID: 35172054

論文の概要

【背景】

 ニルマトレルビルは、SARS-Cov-2のメインプロテアーゼを阻害する経口薬で、in vitroで幅広いコロナウイルスに対して強い活性を有する

【方法】

  • 第Ⅱ/Ⅲ相プラセボ対照ランダム化二重盲検試験
  • 症候性、ワクチン未接種、非入院で、重症化リスクが高いCOVID-19患者を1:1に割り付けた
  • 被験者はニルマトレルビル300mgとリトナビル100mgを12時間おきに5日間内服する群と、プラセボを内服する群にランダムに割り付けられた
  • 28日までのCOVID-19に関連した入院または全因死亡、ウイルス量、安全性を評価した

【結果】

  • 2246例がランダム割り付けされた;ニルマトレルビル群1120例、プラセボ群1126例
  • 発症3日以内に治療が開始された集団をmodified intention-to treat(mITT)集団とした(全体解析対象1361例のうちmITT集団774例)
  • 事前に計画された中間解析では、mITT集団において、28日までのCOVID-19関連入院または死亡は、ニルマトレルビル群でプラセボ群よりも6.32%低かった
    • 95%CI:-9.04 to -3.59; P<0.001; 相対リスク減少率 89.1%
    • ニルマトレルビル群:イベント発生0.77%(3/389例)、死亡0例
    • プラセボ群:イベント発生7.01%(27/385例)、死亡7例
  • 最終解析でも、中間解析と同等の有効性が維持され、28日までのCOVID-19関連入院または死亡は、ニルマトレルビル群でプラセボ群よりも5.81%低かった
    • 95%CI:-7.78 to -3.84; P<0.001; 相対リスク減少率 88.9%
  • 13例の死亡は全てプラセボ群で発生した
  • 発症3日以内に治療を開始した場合、治療開始5日目のウイルス量は、ニルマトレルビル群の方がプラセボ群よりも低かった
  • 有害事象の発生は2群間で差がなかった
    • 全ての有害事象:ニルマトレルビル群 22.6% vs プラセボ群 23.9%
    • 重度の有害事象:ニルマトレルビル群 1.6% vs プラセボ群 6.6%
    • 投与中止に至った有害事象:ニルマトレルビル群 2.1% vs プラセボ群 4.2%
  • プラセボ群よりもニルマトレルビル群で頻度が高かった有害事象は、味覚異常(5.6% vs 0.3%)、下痢(3.1% vs 1.6%) だった

考察・感想

ニルマトレルビル/リトナビルは、軽症〜中等症の成人のCOVID-19による入院または死亡を約89%減らすという結果でした。直接比較可能な数字ではありませんが、MOVe-OUT試験でのモルヌピラビルの相対リスク減少率が30%程度なので、有効性の点では非常に優れていると言っていいでしょう。

しかし、日本国内ではニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド®︎)は、モルヌピラビル(ラゲブリオ®︎)と比較して処方が少ないようです。1)その辺りのも事情も含め、本剤を処方するにあたって確認しておくべき点について以下でまとめます。

1)産経ニュース. “ファイザー飲み薬、投与敬遠 併用不可多く「活用低調」” , 2022/8/11. https://www.sankei.com/article/20220811-OO7FE5BVQNM5LPIJA4BRHW4PPM/ (参照2022/8/23)

ニルマトレルビル/リトナビルにおける薬物相互作用について

パキロビッド®︎パックは、ニルマトレルビルとリトナビルを合わせて内服する仕様になっています。ニルマトレルビルは、プロテアーゼを阻害することでウイルスの複製を抑制する薬剤で、SARS-Cov-2への抗ウイルス活性を有する薬剤です。一方リトナビルは、CYP3Aによる代謝を阻害することでニルマトレルビルの薬物動態を安定化させる役割があります。
このCYP3A阻害作用により多くの併用禁忌薬・併用注意薬があることが、本剤の使いづらさの最大の要因となっています。本剤の適応は重症化リスク因子を持つ患者ですが、「重症化リスク因子を持つ患者ならほとんどが併用禁忌・注意薬のどれかを内服している」との声も聞かれます。併用禁忌・注意薬の一覧を確認してみると、一時的な減量・中止や他剤への変更を考慮できる薬剤も多く、使える症例はそれなりにあるのではないかと感じました。一部、抗不整脈薬や抗てんかん薬などでは中止や変更が難しい場合もあるかもしれません。

ニルマトレルビル/リトナビルはワクチン接種後の感染(ブレイクスルー感染)に対しても有効か?

本研究ではワクチン接種者は除外されているので、ニルマトレルビル/リトナビルのブレイクスルー感染の重症化抑制効果は不明です。2022年8 月現在、日本のワクチン接種率は80%を超えているので、本研究の患者背景とは大きく異なることに留意する必要があります。この点は、モルヌピラビルと同様です。ワクチン接種者を対象に含む試験(EPIC-Standard Risk[SR] 試験)が現在進行中のようですので、結果に注目したいです。

ニルマトレルビル/リトナビルはオミクロン株に対しても有効か?

本研究で被験者が組み入れられたのは2021年7月〜12月上旬なので、ほとんどの被験者はオミクロン株流行前の感染と思われます。しかし、ニルマトレルビルは作用機序からしてスパイクタンパク変異の影響を受けないはずなので、オミクロン株やその他の変異株に対しても有効と考えられます。

前回の記事でも取り上げた以下の研究では、in vitroですがニルマトレルビルがBA.4やBA.5を含むオミクロン株に対しても有効であることが示されています。2)

2) Takashita E, et al. Efficacy of Antibodies and Antiviral Drugs against Omicron BA.2.12.1, BA.4, and BA.5 Subvariants.N Engl J Med. 2022 Aug 4;387(5):468-470.

ニルマトレルビル/リトナビルのガイドラインにおける位置付けは?

  • 日本感染症学会の「COVID-19 に対する薬物治療の考え方 第 13.1 版」を参照すると、発症早期(5日以内)の軽症〜中等症Ⅰで、重症化リスクを有する患者に投与を検討するという点は、モルヌピラビルと同じです。モルヌピラビルと異なるのは、薬物相互作用についての注意と、腎機能障害のある患者への投与について注意がある点です。モルヌピラビルにあるような妊婦および妊娠可能な女性についての注意は、ここには特別な記載はありませんでしたが、添付文書上は「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」となっています。
    他の抗ウイルス薬と比較した推奨度の違いについてはここでは触れらていません。
  • National Institutes of Health(NIH; アメリカ国立衛生研究所)のガイドラインでは、酸素投与や入院を要さない成人の薬物治療として、ニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド®︎)またはレムデシビル(ベクルリー®︎) が推奨され、それらが入手困難であったり使用が不適切な場合にBebtelovimab(国内未承認)またはモルヌピラビルを使用する、ということになっています。ニルマトレルビル/リトナビルは軽症COVID-19に対する第一選択薬に位置付けられ、モルヌピラビルよりも推奨度が高くなっています。本試験での良好な相対リスク減少率を評価してのことだと思います。

腎機能障害がある患者へのニルマトレルビル/リトナビルの投与

ニルマトレルビル/リトナビルは、腎機能に応じた調整を要する薬剤です。添付文書の「用法及び用量に関連する注意」では以下のように記載されています。

中等度の腎機能障害患者(eGFR[推算糸球体ろ過量]30mL/min以上60mL/min未満)には、ニルマトレルビルとして1回150mg及びリトナビルとして1回100mgを同時に1日2回、5日間経口投与すること。重度の腎機能障害患者(eGFR30mL/min未満)への投与は推奨しない。

COVID-19の重症化リスク因子(高齢、心疾患、高血圧、糖尿病など)は、腎機能障害のリスクと重なる部分も多いので、ここに引っかかってくる患者は少なくないと思われます。腎機能障害への配慮を要する点もニルマトレルビル/リトナビルが使いづらい要因の一つと考えられます。例えば新型コロナウイルスに感染した初診の軽症患者に対し、完全な感染防御をした上で腎機能障害の有無を確認するための血液検査を行うのは、発熱外来に患者が殺到する状況下では現場の負担が大きくなってしまいます。薬物相互作用もそうですが、やはり患者背景について十分な情報を持つかかりつけ医療機関でないと、処方のハードルがどうしても上がってしまうのではないでしょうか。

まとめ

ニルマトレルビル/リトナビルはいくつか使いづらい点はありますが、症例を選んで使えばCOVID-19患者の重症化を防ぐ有効な選択肢となり得ます。

発症後できるだけ早期の治療開始が望まれる点、患者の基礎疾患・内服状況についての情報が必要である点を踏まえると、本剤が最も活用されやすいシチュエーションは、かかりつけ医療機関でCOVID-19が診断され、そこで治療が開始される場面なのではないかと思います。

ワクチン接種後の患者への有効性が確立していないこと、長期的な安全性についてのデータ蓄積が十分でないこと等には注意が必要ですが、COVID-19治療選択肢の一つして、プライマリ・ケア医が本剤の知識を持ち、処方する準備ができていることの意義は大きいと思います。

Next Step

多くのプライマリ・ケア医が関わるであろう外来での治療を想定して、前回と今回でCOVID-19の経口治療薬について取り上げました。有効性の高い治療薬が使用可能になったのは、現場の医療者にとってとても心強く、大きな前進だと思います。一方、最も重要な新型コロナウイルス対策が‘予防’である点には変わりありません。次回以降はワクチンを含む、予防に関する研究について取り上げていきたいと思います。

参考文献

本書の出版はEPIC-HR試験の前ですが、ニルマトレルビル/リトナビルについても少し記載があります。著者の岡先生の施設では、現在モルヌピラビル(ラゲブリオ®︎)よりもニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド®︎)の処方が多いそうです。

産経ニュース. “ファイザー飲み薬、投与敬遠 併用不可多く「活用低調」” , 2022/8/11. https://www.sankei.com/article/20220811-OO7FE5BVQNM5LPIJA4BRHW4PPM/ (参照2022/8/23)

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