モルヌピラビルは新型コロナウイルス感染症による入院・死亡を減らせるか?

2022年8月現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は第7波の感染拡大局面にあります。そんな中、8月18日にCOVID-19の経口薬であるモルヌピラビル(ラゲブリオ®︎)が薬価収載され、一般流通が始まります。今回は、日本でモルヌピラビルが特例承認される根拠となったMOVe-OUT試験を取り上げます。

Molnupiravir for Oral Treatment of Covid-19 in Nonhospitalized Patients.Jayk Bernal A, Gomes da Silva MM, Musungaie DB, et al. ; MOVe-OUT Study Group.N Engl J Med. 2022 Feb 10;386(6):509-520. doi: 10.1056/NEJMoa2116044. Epub 2021 Dec 16.PMID: 34914868

論文の概要

【背景】

  • COVID-19の進行リスクを軽減するための新たな治療が必要とされている
  • モルヌピラビルはSARS-CoV-2に対して活性を有する経口小分子抗ウイルスプロドラッグである

【方法】

  • 第Ⅲ相プラセボ対照ランダム化二重盲検試験
  • 検査でCOVID-19の診断が確定され、1つ以上の重症化リスクをもつ、発症後5日以内、非入院、ワクチン未接種、軽症〜中等症の成人に対するモルヌピラビルの有効性と安全性を評価した
  • 被験者はモルヌピラビル800mgを1日2回5日間内服する群と、プラセボを内服する群にランダムに割り付けられた
  • 主要有効性エンドポイントは29日時点での入院または死亡、主要安全性エンドポイントは有害事象の発生とした
  • 目標登録数1,550例の50%が29日の追跡を終えた時点で、事前に計画された中間解析を行なった

【結果】

  • 1433例がランダム割り付けされた;モルヌピラビル群716例、プラセボ群717例
  • 性別以外は両群間でベースライン特性に差はなかった
  • 中間解析で、29日時点の入院または死亡はモルヌピラビル群で有意に減少した
    • 28/385[7.3%] vs 53/377[14.1%]、-6.8%;95%CI, -11.3 to -2.4; p=0.001
  • 最終解析で、29日時点の入院または死亡はモルヌピラビル群で有意に減少した
    • 48/709[6.8%] vs 68/699[9.7%]、-3.0%;95%CI, -5.9 to-0.1
  • サブグループ解析は概ね全体解析と同様の結果だった
  • 有害事象はモルヌピラビル群で216/710[30.4%]、プラセボ群で231/701[33.0%]だった

考察・感想

モルヌピラビルは、軽症〜中等症の成人のCOVID-19による入院または死亡を約30%減らすという結果でした。中間解析では約50%と比較的良好な相対リスク減少率でしたが、最終的には他の抗ウイルス薬と比較すると目劣りする結果になってしまいました。ちなみに、イベント数は少ないですが追跡期間中の死亡はモルヌピラビル群で1例、プラセボ群で9例であり、死亡に限ると相対リスク減少率は89%でした。

現在の日本のセッティングで実際にモルヌピラビルの処方を検討するにあたって、いくつか気になるポイントについて調べてみました。

モルヌピラビルはワクチン接種後の感染(ブレイクスルー感染)に対しても有効か?

本研究ではワクチン接種者は除外されているので、モルヌピラビルのブレイクスルー感染の重症化抑制効果は不明です。ワクチン接種者を対象に含む大規模な臨床研究は投稿時点では確認できませんでした。2022年8 月現在、日本のワクチン接種率は80%を超えているので、本研究の患者背景とは大きく異なることに留意する必要があります。

モルヌピラビルはオミクロン株に対しても有効か?

本研究で被験者が組み入れられたのは2021年6月〜10月でオミクロン株が出現する前、デルタ株の感染が拡大していた時期にあたります。従ってモルヌピラビルのオミクロン株に対する有効性は直接的には示されていません。しかし、スパイクタンパクの変異の影響を受ける中和抗体薬と違い、抗ウイルス薬であるモルヌピラビルはオミクロン株やその他の変異株に対しても有効と考えられます。

in vitroでは、抗ウイルス薬がBA.4やBA.5を含むオミクロン株に対しても有効であることを示す報告があります。1)

1) Takashita E, et al. Efficacy of Antibodies and Antiviral Drugs against Omicron BA.2.12.1, BA.4, and BA.5 Subvariants.N Engl J Med. 2022 Aug 4;387(5):468-470.

モルヌピラビルのガイドラインにおける位置付けは?

  • 日本感染症学会の「COVID-19 に対する薬物治療の考え方 第 13.1 版」を参照すると、発症早期(5日以内)の軽症〜中等症Ⅰで、重症化リスクを有する患者にモルヌピラビルの投与を検討するということになっています。ブレイクスルー感染に対する有効性は示されていませんが、ワクチン接種後の患者に投与してはいけないとは記載されていません。生殖毒性があるため、妊娠可能年齢の女性への投与には注意が必要です。中和抗体との併用は推奨されないのと、原則、PCRや抗原検査で診断が確定した患者にのみ使用できるということになっています(‘みなし陽性’ 例には推奨されない)。次のNIHのガイドラインと違い、他の薬剤と比較した推奨度の違いにまで踏み込んだ記述はありません。
  • National Institutes of Health(NIH; アメリカ国立衛生研究所)のガイドラインでは、酸素投与や入院を要さない成人の薬物治療として、ニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド®︎)またはレムデシビル(ベクルリー®︎) が推奨され、それらが入手困難であったり使用が不適切な場合にBebtelovimab(国内未承認)またはモルヌピラビルを使用する、ということになっています。他の抗ウイルス薬と比較してモルヌピラビルの相対リスク減少率が低いため、このようなやや推奨度の低い位置付けになっているのではと思います。

モルヌピラビルの費用対効果は?

モルヌピラビル(ラゲブリオ®︎)の1日薬価は1万8862.40円(2357.80円×8錠)、5日間投与で9万4312円とまあまあ高額です。ただし、新型コロナウイルス感染症にかかる診療は公費負担になるので、患者の負担はありません。とはいえ元を辿れば税金なので、軽症患者に片っ端から処方していい薬剤ではありません。現在の日本のように感染が急拡大し重症者を治療する病床の確保もままならない状況では、適切に対象を選んで処方する分には高すぎるコストではないと個人的には思います。モルヌピラビルによって入院患者が減少するため、コストに見合った効果があるとする報告もあります。2)

2)Goswami H, et al. Cost-Effectiveness Analysis of Molnupiravir Versus Best Supportive Care for the Treatment of Outpatient COVID-19 in Adults in the US.Pharmacoeconomics. 2022 Jul;40(7):699-714. 

モルヌピラビルは飲みにくい?

1カプセルがそこそこ大きく、しかも1回投与量が4カプセルなので、高齢者には内服が難しいという声がしばしば聞かれます。MSDの製品基本Q&Aでは、「やむを得ない場合を除き、おすすめしません」と断った上で、懸濁液の内服でもカプセルを内服するのと同等の血中濃度を得られたという記載があります。治療の選択肢は多くないので、症例に応じて脱カプセルを指示することもありだと思います。

モルヌピラビルの使用感

私も今回の感染拡大に伴ってモルヌピラビルを導入し、数例に処方しました。いずれも重症化リスク因子にあたる基礎疾患を持つ80歳以上の高齢者で、ワクチン接種後のブレイクスルー感染でした。これまで処方した症例では今のところ特に有害事象なく、またCOVID-19の重症化を来すことなく良好な経過を辿りました。内服薬を使用せずとも軽快した可能性はありますが、当該医療圏内の重症コロナ患者のための病床が満床で、万が一重症化した場合に治療困難となるリスクを考慮し、ご家族とも相談して処方することにしました。内服後に明らかに症状が軽快するというような薬ではなく、経過を見ても自然軽快とほとんど区別がつかないので、効果を実感するのは難しいと思います。それなりの症例数使用してみて、想定される事前確率よりも重症化例が少なければ効果を感じられるかもしれません。今の私にはまだそれを判断するほどの症例経験がありません。

まとめ

MOVe-OUT試験の結果からは有効性にやや懸念はありますが、内服薬であり外来でも使用可能なこと、副作用が少ないと思われることは本剤のメリットであると考えます。薬価収載により、安定的に供給され、より入手しやすくなることも期待できます。

モルヌピラビルの使用にあたっては適応を十分に検討し、長期的な安全性に関するデータの集積が十分でないことを説明した上で、同意を得て処方する必要があります。COVID-19はほとんどの方は自然に治癒が見込めるので、モルヌピラビルの出番は必ずしも多くないかもしれません。ただ、現在のような医療の逼迫を招くほどの感染流行状況にあっては、処方を考慮する場面が増えると思われるので、我々プライマリ・ケア医も治療の選択肢の一つとして持っておきたいです。

Next Step

新型コロナウイルス感染症は、これまで診断することはあっても、自分で治療まで行うことはほとんどありませんでした。しかし、第7波の感染急拡大で専門の医療機関での受け入れが困難となったため、自施設で治療を行う必要が生じ、今回慌てて勉強することになりました。全国的に同じような状況に置かれるプライマリ・ケア医は増えているのではと思います。新型コロナウイルス感染症の診療は、流行状況・変異株・ワクチン接種状況・新規治療薬など、刻々と状況が変化し、情報量も非常に多いため、最新の知見に遅れずについていくのが大変だと感じています。これまで専門家任せにしてしまっていた自分を反省し、診断・治療・予防、各方面の勉強を積極的に続けていきたいと思います。

参考文献

COVID-19の治療を自分で行うにあたって初めに読みました。よくまとまっていて読みやすく、COVID-19の薬物治療の基本的な考え方を理解することができました。プライマリ・ケア医の目線で書かれていて、私のような治療経験の浅い非専門医にも入門書としてちょうど良かったです。

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