終末期の患者でしばしば見られる死前喘鳴ですが、家族が不安・心配を訴えられることもあります。経験的にブチルスコポラミン(ブスコパン)の投与が行なわれることがありますが、その有効性にエビデンスはあるのでしょうか。
Effect of Prophylactic Subcutaneous Scopolamine Butylbromide on DeathRattle in Patients at the End of Life: The SILENCE Randomized Clinical Trial.van Esch HJ, van Zuylen L, Geijteman ECT, et al.JAMA. 2021 Oct 5;326(13):1268-1276. doi: 10.1001/jama.2021.14785.PMID: 34609452
論文の概要
【背景】
- 死前喘鳴は、気道分泌物によって起こる喘鳴で、終末期の患者で比較的よく見られる
- 死前喘鳴に対して抗コリン薬の使用が推奨されるが、エビデンスは乏しい
【目的】
ブチルスコポラミンの予防投与が死前喘鳴を減らすかを検討する
【デザイン、セッティング、対象】
- デザイン:多施設共同ランダム化二重盲検試験
- セッティング:オランダの6つのホスピス
- 対象:事前に同意を得られた、余命3日以上と予想される患者
- 期間:2017年4月10日〜2019年12月31日に同意取得、2020年1 月30 日最終追跡
- 終末期と判定された時点で、適格基準を満たした患者を無作為に割り付け
- 同意を得られた229例のうち、162例を無作為割り付け
【介入】
ブチルスコポラミン20mg(n=79)またはプラセボ(n=78)を1日4回皮下投与
【評価項目】
- 主要評価項目:4時間おきの観察で2回連続、Backの定義によるグレード2以上の死前喘鳴(0:喘鳴なし、3:部屋の入り口まで聞こえる)が聴取される
- 副次評価項目:終末期と判定されてから死前喘鳴が生じるまでの時間、抗コリン作用による有害事象
【結果】
- 無作為割り付けされた162例のうち、157例(97%、年齢中央値76歳[四分位範囲:66-84歳]、女性56%)が解析された
- 死前喘鳴はブチルスコポラミン群10例(13%)、プラセボ群21例(27%)で生じ、ブチルスコポラミン群が有意に少なかった
- 差14%;95%CI:2-27%、P=0.02
- 死前喘鳴が生じるまでの時間は、ブチルスコポラミン群で長かった
- 部分分布ハザード0.44(95%CI:0.20-0.92;P=0.03;48時間累積発生率:ブチルスコポラミン群 8% vs プラセボ群 17%)
- 有害事象に大きな差はなかった(ブチルスコポラミン群vsプラセボ群)
- 不穏:22/79(28%) vs 18/78(23%)、口渇:8/79(10%) vs 12/78(15%)、尿閉:6/26(23%) vs 3/18(17%)
考察・感想
ブチルスコポラミンの予防投与によって死前喘鳴を減らすことができたという結果でした。死前喘鳴を伴う終末期患者への対応として、抗コリン薬の投与は選択肢の一つして考慮しても良いかもしれません。
死前喘鳴の効果を検証する研究は過去にもありました。ところが、先行する2つのランダム化比較試験では死前喘鳴に対する抗コリン薬の効果は示されませんでした。1)2)抗コリン薬は気道分泌を減らしますが、既に存在する分泌物を減らす訳ではないので、早期の介入がより効果的であると考えられました。あるランダム化試験では、ブチルスコポラミンの「予防的」投与の有効性が示されましたが、この試験は盲検化されていませんでした。そこで、より質の高いエビデンスを得るために本研究が行なわれました。
本研究で示されたのは、ブチルスコポラミンの「予防的」投与の効果です。予防と称して全ての終末期患者に1日4回の皮下注射を行うのは現実的ではないので、実際には既に喘鳴を生じている患者に投与を検討することになると思います。2つの先行研究で死前喘鳴に対する抗コリン薬の効果が示されなかったとされていますが、1つはアトロピンの舌下投与で本研究と介入の方法が違いますし、もう1つは30人と非常に少人数での検討でした。既に喘鳴を呈している患者への効果についても、まだ検証の余地があるように思います。
言うまでもなく、喘鳴のコントロールにはまずは輸液の減量など体液バランスの調整を考慮すべきでしょう。そして何より、不安を感じる家族に丁寧な説明を行うことが重要だと思います。
1)Likar R, et al. Article in German. Zeitschrift fuer Palliativmedizin. 2002;3:15-19.
2)Heisler M, et al. J Pain Symptom Manage. 2013;45(1):14-22.
Next Step
終末期の患者の多様な症状にうまく対応できていないと感じる場面は少なくありません。ハードエンドポイントを改善する強いエビデンスにばかり注目しがちですが、より良い最期を迎えるために医師として何ができるかという課題にも、真摯に向き合っていきたいと思います。
参考文献
緩和ケアを行う臨床家のための本です。麻薬による疼痛管理について詳述されているのはもちろん、がん患者の様々な症状への具体的な対応が網羅されており、とても重宝しています。今回取り上げた死前喘鳴についても、抗コリン薬の使い方や非薬物療法、家族への説明の仕方まで丁寧に記載されています。
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