新型コロナウイルス感染対策において、ワクチンが果たしてきた役割の大きさは強調するまでもありません。
しかし、感染拡大の波は依然として繰り返し起こっています。投稿時点(2022年11月)で5回にも及ぶ追加接種や変異株対応ワクチンの登場でも、新型コロナウイルスとの戦いに出口は見えていません。
今回は新型コロナウイルスワクチンに関するReviewを取り上げます。変異株の変遷やワクチンの効果に関する研究について振り返りつつ、今後のワクチン戦略についても考えていきたいと思います。
Covid-19 Vaccines – Immunity, Variants, Boosters.Barouch DH.N Engl J Med. 2022 Sep 15;387(11):1011-1020. doi: 10.1056/NEJMra2206573. Epub 2022 Aug 31.PMID: 36044620
ウイルスに対する免疫
要約
- 免疫は大きく分けて自然免疫と獲得免疫がある。
- 自然免疫はウイルスに対する第一段階の防御であり、獲得免疫は第二段階の防御である。
- 獲得免疫には液性免疫と細胞性免疫がある。
- 液性免疫にはウイルスのスパイクタンパクに結合する抗体などが含まれ、細胞性免疫にはウイルス特異的なB細胞やT細胞が含まれる。
- B細胞は抗体を産生し、CD8陽性T細胞はウイルスに感染した細胞を直接排除する。CD4陽性T細胞は免疫反応を補助する。
- 細胞性免疫を担う細胞の中に長期に免疫記憶を保持するものがあり、抗原に再度暴露した際に急速に増殖する。
考察
自然免疫と獲得免疫のうち、ワクチンが関係するのは主に後者です。ワクチンは液性免疫と細胞性免疫の両方を賦活し、それぞれ違った働きをします。ウイルスに対する免疫には多くの細胞やサイトカインが関係して非常に複雑ですが、ワクチンの効果を検討する上では、液性免疫と細胞性免疫の両面から理解していくことが重要です。この後の章でより詳しく触れられます。
新型コロナウイルスワクチン
要約
- 新型コロナウイルスに対するワクチンは不活化ワクチン、mRNAワクチン、アデノウイルスベクターワクチン、組換えタンパクワクチンの4つのプラットフォームがある。
- 変異株出現前の臨床試験では、ワクチン2回接種は高い感染予防効果を示した。
- ワクチン接種後の心筋炎・心膜炎が、若年者を中心に稀に報告されている。
- ワクチン関連心筋炎のほとんどは軽症である。
- 血栓症や心筋炎は、ワクチン関連よりも遥かに高い頻度で新型コロナウイルス感染によって発症する。
[補足] 日本で使用されているワクチン(2022.11現在)
mRNAワクチン
- BNT162b2(コミナティ®︎、ファイザー)
- mRNA-1273(スパイクバックス®︎、モデルナ)
組換えタンパクワクチン
- Nuvaxovid(ヌバキソビッド®︎、ノババックス)
考察
世界では様々なプラットフォームのワクチンが数多く開発されていますが、日本で接種されるのはほとんどがmRNAワクチンです。
2回接種が行われた頃には、現場の感覚としてもワクチン接種後の感染者は未接種者と比べて明らかに少ないように思われました。ワクチン接種後の感染を区別してわざわざブレイクスルー感染と呼んでいた時期もありましたが、オミクロン株流行後はそれが当たり前になってしまいました。
mRNAワクチン関連の有害事象として心筋炎が知られています。感染による心筋炎の方が頻度や重症化リスクが高いとされるため、これによってワクチンの推奨度が下がるということはありません。
ワクチン接種開始当初は、総合診療科外来にワクチンの副反応を疑って患者が受診する、あるいは紹介されてくるケースが何例かありました。総合診療科はそのような患者が集まりやすい科だと思います。ただ、ワクチンとの因果関係を証明することはやはり難しく、経過観察や対症療法とせざるを得ないことも多かったです。この辺りの事情は新型コロナウイルス感染症罹患後症状(いわゆる後遺症、Long Covid)も似ています。
ワクチン接種後の副反応を疑って自分でイベルメクチンを入手して内服しているという驚きの症例も経験しました。イベルメクチンが新型コロナウイルス感染症に効果がないというエビデンスが出た後の話です。ウイルスやワクチンについて、正しい知識を伝えていくことも我々の大事な仕事の一つかもしれません。
ワクチン免疫の持続性
要約
- mRNAワクチンは素早く中和抗体の産生を誘導し予防効果を発揮する。しかし、中和抗体価は数ヶ月で低下し半減期はおよそ60日とされる。
- ワクチン免疫の減弱に伴い、ブレイクスルー感染者が増加した。
- ワクチン接種と感染の組み合わせにより、より強固な免疫が獲得された。
- mRNAワクチン接種により細胞性免疫も誘導される。中和抗体が比較的早期に減弱する一方で、細胞制免疫はより高い持続性を示す。
- 中和抗体が低下した後も、CD8陽性T細胞はウイルスの複製を抑制することで重症化を予防する。
考察
なぜブレイクスルー感染が増えたのか、なぜ感染者が増えている一方で重症化率や致命率は下がっているのか、この章を読んで納得しました。感染初期にウイルスを排除し発症を予防するのが中和抗体ですが、中和抗体価はワクチン接種の後数ヶ月で低下してしまいます。そして、追加接種の回を追うごとに中和抗体価上昇の期間が短くなることもわかっています。一方、細胞性免疫は免疫記憶により長期にワクチン免疫が保持され、中和抗体価が低下した後も重症化や死亡のリスクを低減します。これは、今後の追加接種をどのように実施するのかを考える上でも重要なポイントです。
今後のワクチン追加接種の考え方
要約
- 追加接種や変異株対応ワクチンの導入によっても、おそらくオミクロン株への十分な感染予防効果を持続的に得ることは難しい。
- ワクチン接種の目的は、感染予防から重症化・入院・死亡の予防へと変化している。
- オミクロン株対応ワクチンは必ずしもオミクロン株に対する十分な中和抗体価の上昇を得られず、臨床的な有益性は明瞭ではない。
- 4-6ヶ月ごとに追加接種を繰り返して中和抗体価を維持するのは長期戦略として現実的ではない。
- 追加接種の計画は、短期的な中和抗体価の上昇ではなく、長期的な重症化予防を目指して設計されるべきである。
- 追加接種はより低い頻度で行うことが勧められるべきである。
考察
数ヶ月で中和抗体価が下がってしまうのであれば、感染予防を目的として追加接種を続けるのは費用対効果が悪いです。インフルエンザのように季節性のあるものであれば、流行期に合わせた接種が効果を上げるかもしれません。しかし、新型コロナウイルスで予め流行時期を予測してワクチン接種を計画するのは困難と思われます。
追加接種の対象をどのように設定するかについても、今後検討を要するポイントになるでしょう。もともと重症化率の低い若年者に追加接種を今後も推奨すべきかは、当然生じる疑問だと思います。若年者の感染を減らしてハイリスクな高齢者を感染から守るというのが若年者にワクチン接種を勧める根拠でしたが、そうした集団免疫の効果は従来ほど期待できなくなりつつあります。
ただし、ワクチンによる免疫記憶がどの程度の期間保持されるのか、今後現れる変異株に対しても本当に有効なのかはわかりません。また、感染者数や病床使用率の状況、抗ウイルス薬の普及状況等によっても、ワクチンの重要度は左右されると思います。個人的には「その一床が確保できない」という昨今の医療逼迫状況では、わずかでも感染者や入院患者を減らせるなら、追加接種を簡単に無用と断じる気にはなれません。
まとめ
ワクチン接種には中和抗体価上昇による感染予防効果と、細胞性免疫による重症化予防効果があること、前者が短期間で減弱し、後者が比較的長期間保持されることがわかりました。そして、ワクチン追加接種は変異株への感染予防効果を十分に得られない可能性があり、今後の長期的なワクチン戦略の再考が求められているということでした。
より長期的なワクチンの効果や、変異株対応ワクチンの効果について、今後の新しい報告にも注目しようと思います。
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