母体の食生活や精神的なストレスは胎児の発育に影響を与えると考えられています。食生活やストレスの改善は、胎児の発育不全の予防に本当に役立つのでしょうか。
Effects of Mediterranean Diet or Mindfulness-Based Stress Reduction on Prevention of Small-for-Gestational Age Birth Weights in Newborns Born to At-Risk Pregnant Individuals: The IMPACT BCN Randomized Clinical Trial.Crovetto F, Crispi F, Casas R, et al. ; IMPACT BCN Trial Investigators.JAMA. 2021 Dec 7;326(21):2150-2160. doi: 10.1001/jama.2021.20178.PMID: 34874420
論文の概要
【背景】
- 在胎不当過小(Small for Gestational Age : SGA)は周産期の合併症や死亡の原因となるが、効果的な予防や治療は確立されていない
- 妊婦における栄養の問題やストレスレベルは胎児発育不全や周産期有害事象と関連があるとされている
【目的】
- ハイリスク妊婦に対する地中海食やマインドフルネスに基づくストレス軽減といった介入が、在胎不当過小やその他の周産期の有害事象を軽減するかを検討する
【デザイン・セッティング・対象】
- 並行群間ランダム化比較試験
- バルセロナ(スペイン)の大学病院
- SGAリスクの高い1184例の単胎妊婦(在胎19-23週)
- 2017年2月1日〜2019年10月10日に組み入れ、出産まで追跡(最終追跡2020年3月1日)
【介入】
- 地中海食群(n=407)は、1ヶ月に2時間の教育セッションを受講し、エクストラバージンオリーブオイルとクルミを無料で提供された
- ストレス軽減群(n=407)は、週2.5時間のセッションと1日間のセッションで構成される8週間のストレス軽減プログラムを受講した
- 対照群(n=407)は、施設ごとの通常診療を受けた
【評価項目】
- 主要評価項目:SGA出生児(出生体重10パーセンタイル未満)の割合
- 副次評価項目:周産期有害事象(早産、妊娠高血圧腎症、周産期死亡、重度SGA、新生児アシドーシス、Apgar score 低値、その他の主要な新生児合併症)
【結果】
- 無作為割り付けされた1221例(年齢中央値:37歳、四分位範囲:34-40歳)のうち、1184例(97%)が試験を完遂した
- 地中海食群:392例、ストレス軽減群:391例、対照群:401例
- SGAの率は対照群と比較して介入群で有意に低下した
- 対照群:88例(21.9%)
- 地中海食群:55例(14.0%)、OR: 0.58 [95%CI : 0.40-0.84]、リスク差: -7.9[95%CI : -13.6 to -2.6] ; P=0.004
- ストレス低減群:61例(15.6%)、OR: 0.66 [95%CI : 0.46-0.94]、リスク差: -6.3[95%CI : -11.8 to -0.9] ; P=0.02
- 周産期有害事象は対照群と比較して介入群で有意に少なかった
- 対照群:105例(26.2%)
- 地中海食群:73例(18.6%)、OR: 0.64 [95%CI : 0.46-0.90]、リスク差: -7.6[95%CI : -13.4 to -1.8] ; P=0.01
- ストレス低減群:76例(19.5%)、OR: 0.68 [95%CI : 0.49-0.95]、リスク差: -6.3[95%CI : -12.6 to -0.3] ; P=0.02
<補足>
- 妊娠19週0日から23週6日の妊娠中期に行われたエコー検査等をもとにSGAリスクを評価した
- 地中海食群は、オリーブオイル、クルミを無料で提供され、全粒シリアル、野菜、乳製品、フレッシュフルーツ、マメ、ナッツ、魚、白身肉(鶏肉など)の摂取を推奨された
考察・感想
在胎不当過小のリスクの高い妊婦に対し、地中海食あるいはマインドフルネスによる介入を行うと、在胎不当過小の割合が低下したという結果でした。不適切な食生活やストレスが胎児の発育に悪影響を与える可能性は以前から指摘されていましたが、食事の改善やストレスの軽減を目的とした介入の効果を示すランダム化試験はこれまで行われたことがありませんでした。薬剤などの医療的介入ではなく、このような低コストで侵襲のない介入が効果を上げるというのは、非常に興味深いです。
胎児の発育と地中海食
地中海食は心血管イベント、糖尿病、認知機能低下、炎症性疾患のリスクを下げる可能性があるとされます。また、地中海食は抗酸化、抗炎症の性質があるとされており、胎児の発育に悪影響を及ぼす胎盤の酸化ストレスや炎症を低下させるのではないかと考えられています。
妊婦を対象とした過去のランダム化試験では、地中海食が妊娠糖尿病のリスクを下げることや、副次評価項目ですが在胎不当過小のリスクを下げることを示すものがありました。
本研究では、食事への介入が厳密に管理されたものであったことが、有意な結果を得られた要因の一つと考察されていました。Supplement(補足)では、食品ごとに摂取量の変化が細かく記載されており、確かに地中海食群で推奨された食品の摂取量が有意に増えていることが確認できます。また、α-リノレン酸などの不飽和脂肪酸の血中濃度が地中海食群で有意に増加していることも示されています。
胎児の発育と母体のストレス
ストレスレベルは、コルチゾールや炎症関連サイトカインの過剰な分泌と関連していると言われています。ストレスは胎盤の炎症、酸化ストレス、老化を介して胎児の発育に悪影響を及ぼす可能性があると考えられています。
本研究ではストレスレベルの客観的な指標として、尿中のコルチゾン/コルチゾール比を用いていました。コルチゾン/コルチゾール比が高いほどストレスレベルが低いと判断されますが、マインドフルネスによるステレス軽減プログラムを受けた群は、コルチゾン/コルチゾール比が有意に上昇していました。
マインドフルネスという言葉に馴染みの薄い人もいるかもしれませんが、瞑想と言った方がイメージしやすいでしょうか。マインドフルネスは世界的なテクノロジー企業で多く取り入れられており、ビジネスの世界の方がよく広まっている言葉かもしれません。マインドフルネスはストレス関連疾患のリスクを下げるとされますが、客観的な健康アウトカムの改善を示すエビデンスは限られています。マインドフルネスによるストレス軽減の周産期における効果を示す研究もこれまで行われていません。この研究は、認知への介入が妊娠関連アウトカムを改善することを示唆するおそらく最初のエビデンスと思われます。
まとめ
本研究から、食生活の改善とストレスの軽減が胎児の発育に良い影響を与える可能性が示唆されました。直感的には受け入れやすい結果ですが、食生活やストレスという観察・介入が難しい要素と健康アウトカムとの関連を示すのは易しくないです。バイオマーカーによる定量的な評価と、よくコントロールされた介入のおかげで、このように説得力のある結果が得られたと言えるでしょう。食事やマインドフルネスは、実践するためのリスクやコストが小さく、取り入れてみる価値のあるものではないかと思いました。
一方、この研究結果を解釈するにあたって、胎児の発育には他にも様々な要因が関係するということを忘れてはいけません。胎児の発育の問題を短絡的に母親の生活の問題に帰着させないように注意する必要があると思います。
Next Step
産婦人科領域は、個人的には苦手意識が強いのですが、今回は比較的ソフトな話題でとっつきやすかったです。プライマリ・ケア医として周産期の患者さんと関わる場面がないわけではないので、この領域の情報にもアンテナを立てていきたいです。
食生活やマインドフルネスは幅広い分野で適用可能な話題なので、総合診療医としては知識を持っておいて損はないと思いました。今後も注目していきたいと思います。
参考文献
食と健康について一般の方むけにわかりやすく書かれていますが、きちんとエビデンスに基づいており、医療者にとっても納得して読み進められる良書です。地中海食に限らず、健康に良いとされる食事、悪いとされる食事について幅広く学ぶことができます。患者さんへの食事指導にも役立つので非常にオススメです。私はこれを読んでから主食を玄米に変え、野菜の摂取量を増やし、牛・豚肉よりも鶏肉や魚を多くとるように心がけるようになりました。
この本の著者はGoogleの社内研修で初めてマインドフルネスを取り入れ、今や多くの世界的有名企業等が能力開発プログラムとしてマインドフルネスを採用しています。読んだらやってみたくなる、入門書として優れた一冊です。
私自身、この本を読んでから朝のマインドフルネスが日課になりました。雑念に流されず、今この時、やるべきことに集中できる力が養われます。また、ネガティブな感情に支配されないための訓練にもなります。医療現場は不安、焦燥、怒りなどの陰性感情と無縁でいられないので、マインドフルネスが役立つ場面は少なくないと思います。
瞑想なんて宗教臭くて眉唾ものだと思う人もいるかもしれませんが、今やJAMAにエビデンスが掲載されるくらいですから、一度勉強してみるのもいいのではないでしょうか。
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